歩行時の重心移動
「歩行」は、人にとって最も基本的な運動で、からだの機能を保つ上でとても大事な運動です。それでは「歩行」とはどんな動作でしょうか。つきつめて言えば、「歩行」とは体幹という重いかたまりを足の上に乗せて、それを前方に運ぶ動作です。体幹は、からだの重量の大部分を占めています。この体幹をスムースで、効率的に前へ運べることが良い歩行(正常歩行)といえます。
良い「歩行」を行っていれば、からだの運動機能は概ね保つことができます。しかし,良い「歩行」ができなくなると、からだの機能は急速に衰えていきます。
この体幹の移動を図で説明すると、とても理解しやすくなります。まずは下の図をご覧ください。
図の❶のように、足が接地した時、体幹はこの接地している足より後ろにあります。ここから❷のように体幹は足の真上まで運ばれます。このとき、体幹は最も高いところまで到達します。その後、❸のように体幹は足より前に移動した状態になり、高いところから低いところに下っていきます。つまり、人が歩いている時には、無意識のうちに体幹を上手に上に持ち上げ、そして一番上に到達すると上手に前方に下らせているのです。
毎日たくさんの患者さんの歩行を見てはっきり言えることは、図の❷から❸の「前方に下らせる動き」は、歳を取ると特に上手くできなくなります。この動きは図の❹のように、一本の棒を離すと倒れていくのと同じ原理で行われます。
正常方向の筋肉の動き
ここでとても大切なことをご説明します。それは人が歩く際には、この体幹の上りと下りの上下運動が上手にできることによって、はじめて使う筋肉が前後・左右で交互に働かせることができます。これによって脚の筋肉はバランスよく収縮と緩みを繰り返し、ポンプのように働き、血行を促してくれます。
ところが、このスムースな体幹の上りと下りの上下運動ができなくなると、筋肉のこの交互作用がなくなり、偏った筋肉の働き方になってしまいます。これにより、筋肉が張り感を生じたり、筋肉が硬くなってしまうのです。私は毎日たくさんの患者さんの歩行を見ていますが、障害のあるすべての患者さんがこの体幹のスムースな上下運動ができなくなります。
歩行時の股関節を伸ばす動きの減少
ここまで説明した歩行時の体幹の上下運動のうち、前述したように、特に「前方に下らせる動き」が歳を取ると上手くできなくなります(上の図の❷から❸の移動)。
そして、スムースに体幹が前方へ下れなくなることによって、本来起こるべき“股関節を伸ばす動き”が減少するようになります(上の図を参照)。“股関節を伸ばす動き”とは、体幹に対して脚が後方にいく動きのことです。“股関節を伸ばす動き”が減少することによって、股関節はどんどん硬くなり、曲がっていきます。この影響はとても大きな意味を持っています。
“股関節を伸ばす動き”が硬くなってしまうことの影響を知るために、上の図のように立って股関節を曲げてみてください(伸ばす動きの逆)。すると、どうしてもひざが曲がり、足首も曲がってしまいます。これはお年寄りによくみられる姿勢だと思いませんか。
つまり、“股関節を伸ばす動き”が硬くなると、これに付随して、ひざ、足首、ひいては体幹まで硬くなります。またそれどころかスムースな体幹の移動ができないわけですから、歩くのが遅くなったり、からだが重く感じたりします。
こうしたことから、股関節がしっかり伸びる動きを維持し、スムースな体幹の移動を保つことは極めて重要であることが分かります。